甲田守の『根こそぎ掘りデー』第2回 鴻陵生という蛮族がいる?(中編)

引っ越し作業に追われています。というのも今現在住んでいるアパートが近く取り壊しの憂き目にあうからです。総戸数4戸の小さきわがアパートですが今や暮らしているのは私一人となりました。今やというかもうずっとですね。8年間暮らしたこの家ともとうとうお別れかと思うと寂しさもひとしおです。しかし、おちおちゆっくりもしていられない。住むところがなくなるというのは結構ハードな問題なのだ。転居先はどこにしようかと考えていた矢先、同じ職場で働くエバラさんが良き物件を見つけてくれたからこれはまたラッキーなことだった(「こりゃ、困った」「こりゃこりゃ、どうしたものか」とお経のようにぶつぶつ唱えておれば人間様がいつかは助けてくれるものですぞ、と悠然と構えている私は馬鹿か、はたまた…)。
エバラさんとは…。根こそぎ掘りデーには初登場ですがネコソギにとってこれほど重要なパーソンを今更かと思うほどで、大変遅きに失しました。エバラさんが見つけてくれた物件と申しましたが、事を正確に順に追っていきますと、エバラさんと昵懇の仲であるカンベさんにまずは話がいったそうな。これこれこういう貧乏な人が路頭に迷いそうなのでどうにかならないかねえ云々と。カンベさんという方はどうやらただ者ではなくなんとクリーニング屋の社長、近隣の不動産屋とも古くからの繋がりがあるというからこれ幸い、トントン拍子に話が進み格安の掘り出し物が 私のところに転がり込んで来たというわけだ。ただ、ここまでの経緯を当初は全く私の耳には入っておらず話は内々に進んでいたわけで、はじめの第一歩が「明日、〇〇不動産に来てください」とエバラさん伝いにきたからこりゃ驚いた。もちろんこの時点で社長との面識はありません。で、まあなんやかんやあってほぼ決まりそうな段階に現在来ております。内見等の詳しい話はまた後日にでも。
今は引っ越し準備の真っ最中ではございますが、とりあえず言えることとしては、以前より衣装合わせなどの際にネコソギの服はゴミだゴミだ、と口が酸っぱくなるぐらい劇団員の皆さんから罵られていたのですが、当のネコソギには、いつまで経ってもはてそうですかと柳に風、しかしいざことが及んでようやく気づいたネコソギくん、服どころかあなたの家にあるものは9割9分がゴミであったという真実に。遅かった、全てが遅かった…。

さてエバラさんについて話を戻しますと、本当に私はこのお方には良くしていただいておりまして、つい先日もご相伴にあずかりましてご自宅へお邪魔することに。「娘の友達のダンテが今イタリアから来ているの」。こんな感じで誘ってくださることはしばしばで、ご飯を自宅のアパート階段下へとそっと置いてくださることもしばしば、衣食住における食の部分を大きくエバラさんに依存しているわけであります。そして今回は住にまでいたる。しくしくしく…。残された衣についてですが、これは劇団関係に援助していただいております云々。なんてったって私の服はゴミだから、しくしく。
戻りまして食の話はダンテくんのお手製料理でございます。ペペロンチーノに生ハム、合わせるお酒はもちろんワインです。昼間っから私もついついお酒が進みまして、エバラさんも勧めるからとは人のせいにはできませんが、「自分は学生の頃にフレンチレストランでgarçonをやってまして…」と慣れないRの発音を痰をからませるがごとく調子に乗ればダンテもS’il vous plaitと来たからにはオープナーを手に持てコルクをポンともう一本。ダンテくん曰く、イタリアの人はワインを水のように飲む、というぐらいにワインが大好物。「水はオシッコしか出さないけどねえ、お酒からは色んなものが出てくる。それはクリエイティブなことだったり、はたまたロマンスだったりね。」との言は英語を解さない私の創造的翻訳が多分に加味されておりますがそこはどうかお許しいただきたい。お酒から出てきたクリエイティブな翻訳ということで。
昼餐はひどく盛り上がり後に控える劇団員との映画鑑賞の予定をついつい忘れそうになる程です。走って走って劇団員とは無事に合流するも当然のことながら会話はいつにも増して饒舌となり、そのままの酩酊状態で映画を鑑賞することとなる。しかし、それにも拘らず普段と変わらぬ様子を繕い大人しく鑑賞することができたのだ。我ながらあの日の自分を今もって改めて褒めたいと思います。文章を書くときは素面で参りましょうか、甲田守の『根こそぎ掘りデー』スタートです!

甲田守の『根こそぎ掘りデー』とは…?
休日の行動スタイルが基本的に「座っている」で有名なネコソギこと甲田守がホリデーに誰かを誘っては「座っている」からの脱却を図るという、知的かつ高尚な難解プログラミング企画………ではなく単純に誰かを誘って遊びに出かけるという、ただそれだけの企画である。隔週月曜更新を予定。

お酒の失敗を犯すのは私なぞの常人にはどだい無理な話で、あっ、いや、そもそも無理な話で、しかしこれが蛮族となれば話は別だ(そして閣議決定の件は凡人どころか愚鈍と言える)。
さて前回から続く連れ合いコアラさんもまたお酒が大好きで根こそぎ掘りデーに出かけた後数日経たないうちに二人で飲みに行く機会を設けることとなった。『ピアニストという蛮族がいる』という中村紘子さんの著作を証明するかのようにこの日ともにしたピアニストはまさかまさかの蛮族と成り果ててしまったのである。
ちなみにこちらの著作に登場するピアニストはクラシックが主である。ここで本は変わりまして奥泉光著す『ビビビ・ビ・バップ』に目を通せば暴れ回るはフォギーなるジャズピアニスト。ジャンルは違えどピアニストであることに変わりはない。これまた「蛮族」なのか世界が危機に瀕しているにもかかわらず常に楽観的な彼女の姿勢は物語の最後まで揺らぐことはない、いや常に揺らぎっぱなしかな。ときは未来、アンドロイドは登場するわ架空空間は作り出されるわな世界でジャズピアニストでありつつ生計は音響設計士という職業で成り立たせている主人公フォギーがあれよあれよと大企業に巻き込まれ世界は破滅の一途を辿って行くのであった。語り手は猫のドルフィー。モダンジャズに造詣が深いものならば、ああエリック・ドルフィーが由来ね、と即座に頭に思い浮かべるのかもしれないが、私などの音楽的素養を持ち合わせていないバカたれにとってはなんのこっちゃとなるわけだが、それでも楽しめるエンターテイメント性溢れる一冊です、と今回もネコソギの推薦図書をここにあげておきましょう。
ジャズもクラシックも流れていない店内に代わりに響くはコアラさんによる罵声、根こそぎ掘りデーの内容に対する酷評の嵐に次ぐ嵐に次ぐ嵐に次ぐ嵐。店内での蛮行は敢えて略して(笹塚は十号坂を下った先を少し逸れるとその店はある、店主が言うように一見さんは入りにくい居酒屋かもしれないが駅からの帰り道に一杯と夜遅くまで常連さんが続々と訪れるそんなお店です。お酒は特に焼酎を豊富に取り揃えており試飲も可。ロックでもグラスになみなみと注いでくれる、しかしこれがいけなかったか…)。
帰り道を詳述しますと、コアラさん、店を飛び出すなり自宅とは異なるあさっての方角へと突然駆け出した。夜も更けてもう日も変わろうとしている頃でありましたのであさってというよりはあすの方が適切か。と冷静を装い耽っているのも私も相当にお酒の影響を受けているためか。追って即座に手を捕まえた。「おっ、なかなかチカラが強いねぇ」とコアラさん。いや、そうでもないんですが…(力比べはえなみTVに譲るとして、あっ、くじで引いて弾いてみたもヨロシクどうぞ)。ユキエナミよりはコアラさん、どうやら力がないようだ(コアラさん<コウダ=ユキエナミ)。引っ張って引っ張って家までは残すところわずか300メートル、ゴールは目前かとのそのとき、コアラのヒールが脱げた。仕方がなく靴を優先して拾いに行く甲田、と、その隙をついて一目散に再びあさってに向かうコアラ、それも奇声を発して(コアラって速いし奇声を発するんですね…)。蛮族を超えたのか最早それは狂人の域に達している。そう簡単に諦めるわけにはいかない、追え、追うんだー!捕獲が完了しピンポーンとインターフォンを鳴らす頃には当然ながら日を跨いでいる。ふぅ〜、一件落着、と思いきや目を離した隙に三度ダダダッと階段を駆け下りるコアラ。「待てー!コォォアラー!コォォラアー!しばくぞー!」と普段は温厚で定評のある私もそのときはついに怒声を発したのでありました。ガチャッとドアが開く音が耳を捉えパートナーが出てくる段となりようやく甲田も平静を取り戻します。あとは配偶者に任せて万事解決、飼育員は家へ帰ることに致しましょう。と、思い返して怒声を発している場合ではござらん、柴又から発しますの続きをば。

柴又駅に到着し、目指すは千葉県立国府台高等学校。こちらはいまだ東京都でございますからまだまだ道のりは長そうです。せめてもの思いで帝釈天まで歩を進めることと致しましょう。

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