甲田守の『根こそぎ掘りデー』第10回 前田友里子のオールナイトニッポン(前編)

10月29日(日)。その日は前田友里子さんと一緒に『岡村隆史のオールナイトニッポン歌謡祭 in 横浜アリーナ2017』へと行って参りました。
今から遡ること23年、1994年に『ナインティナインのオールナイトニッポン』の放送が始まりました。2014年、20年もの間続いた番組は急遽矢部浩之が降板し終了。そこからパーソナリティーは一人となり『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』がスタートします。
歌謡祭はその番組の1周年を記念して開催され今年で3回目を迎えます。
岡村隆史が歌謡祭??
番組を聴いたことがない方からすれば全く意味わからん企画だと思います。いや聴いていても意味わかりません。
これは、ヘビーリスナーという「信者」のための「定期集会」なのです。うちわネタを楽しむしょうもないイベントなのです。
ただ、そのうちわがどのくらい集まるかと言いますと全国津々浦々から横浜アリーナに約1万2000人。
バカが多すぎる…。
という自分もその中の一人ではあるのですが…。
中学3年生のときです。当時は夜遅くまで受験勉強に勤しんでいたのでしょうか。父から不意に勧められたラジオにがっつりハマります。
水曜深夜は『aikoの@llnightnippon.com』、そして木曜日は前述したナインティナインに。
私のラジオはここから始まりました。
少し逸れてaikoの話に。
木曜は今も続いているわけですが水曜のaikoはいつ担当を終えたのか??ふと疑問が浮かびます。もちろん私はヘビーリスナーでしたので最終回を聴いた記憶はあります。しかしいつかは定かではない。
調べてみますとこの番組は「1999年11月17日から2003年3月26日まで放送されていたラジオ番組」(Wikipediaより引用)と出てくる。
ハッとなりました。というのもこの期間というのは私の人生のどん底期とほぼ一致していることに気付いたからです。
正確に申しますと私がこの番組を聴き始めたのが2000年12月頃、つまりは中学3年生の時分です。問題はこの頃ではなく翌年の2001年から2003年の3月、自分が高校に入学してから3年生に進級するまでのこの期間です。
どん底期…。
またまたハッとなりました。
このaikoの番組の最後の決まり文句を思い出したのです。
「笑うのが苦手な人、人ごみが苦手な人、会社が苦手な人、学校が苦手な人、明日も良い日でありますように」
会社が苦手な人を除く全てに当てはまっていたのである、当時の自分は。
深夜3時、明日も良い日でありますようにを聴いて床に就く私に良い日が訪れることはなかった。
学校に向かって自転車を漕ぐ私。今日こそは良い日に今日こそは良い日にと心の中で幾度となく呟くがいつの間にか針路は大きく外れていく。気づけば私はパチンコ屋の中にいた。

昼はパチンコ夜はバイト更けてラジオに辿り着く

生涯において忘れられない日々にそして糧になりましょう。

さて歌謡祭。
前田氏と合流しいざ横浜アリーナへ。
道中はラジオトークに花が咲きます。
歌謡祭はヘビーリスナーの定期集会であるわけですから当然のことながら前田氏もヘビーリスナーです(私が今までに出会ったヘビーリスナーは3人。1人は予備校で知り合った浪人生、2人目は大学でのお笑いサークルの後輩、そして3人目が前田氏です)。
まずはウォーミングアップでもと本日の出演者である鈴木健介さんについてのトークをさらいます。
「岡村さん芸大受験での失敗」と「バイト先のコンビニに元カノ現る」は欠かすことはできませんのでとりあえず押さえておきます。
今日はやはりグッドファーザーも来ているのだろうか?希望も何もないも!?オーシャンも!?ウォォォォッッーー!!!
どうでしょう、これがヘビーリスナーです。気持ち悪いでしょう??
さすがに気持ち悪いは前田氏に悪いので私が一手に引き受けることと致します。
そうこうしているうちに会場が見えてまいりました。
驚くばかりの人、人、人!
全国からかなりの数のヘビーリスナーが集まっているようです。
ラジオの力恐るべしです。
私はコンサートやフェスの類にはそれほど行った経験がありませんでしたので横浜アリーナのあまりの広さにまずは圧倒されました。
そして恥ずかしながら横浜アリーナを屋外施設だと思っていた私は悪天に備えてばっちり雨具を用意しておりました。その日は台風が近づいておりましたので暴風雨に晒されながら見るのを覚悟していたのであります。
1万数千人を収容できるこの会場は3階席まであります。抽選で良い席が当たったと予め聞いてはおりましたが前田氏が用意してくれたチケットはなんと1階席でした。
ビールを飲みきらないと客席には入られないようなので私が先に行って席を探すことに。
前田氏は開演前にガソリン補給です。
あれっ?そう言えば自分は飲まないで相方だけがビールのパターンはどこかであったような…。
そうだ!ゆかちんだー!
詳しくはコチラをどうぞ。
1階席といいましてもかなりの席数です。座席番号をチケットと照らし合わせて探しているのですがなかなか見当たらない。
あった!ここか!
ふと見上げるとステージが目の前に。
ここは1万数千人を収容できる横浜アリーナのはずです。しかし私たちは信じられないことに新宿シアター・ミラクルに迷い込んだようです。
前田氏も席に着きちょうどいい頃合い。
定刻開演です。
「おっかむら!」
「おっかむら!」
「おっかむら!」
「おっかむら!」
続きます。

甲田守の『根こそぎ掘りデー』とは…?

休日の行動スタイルが基本的に「座っている」で有名なネコソギこと甲田守がホリデーに誰かを誘っては「座っている」からの脱却を図るという、知的かつ高尚な難解プログラミング企画………ではなく単純に誰かを誘って遊びに出かけるという、ただそれだけの企画である。隔週月曜更新を予定。

甲田守の『根こそぎ掘りデー』第9回 姜ちゃんとそのパートナー(甲田守の関西弁講座)

「方言指導の甲田さんです。」
「よろしくお願いします。」
たくさんの人達の中で紹介されるのは気恥ずかしいものです。
『方言指導』の初日は飯田橋のとある飲食店から始まりました。
前の撮影が押しており集合時刻は20時半に変更、現地に到着すると周辺には何台もの車両が停車しておりました。店内では色々と準備が始まっているようです。私は制作スタッフとの挨拶を済ませ用意が整うまでバスでの待機を命じられます。私が方言指導を行う役者さんはどうやらまだ現場には来られていないようです。
本日撮影するのは全部で2シーン。出演者2人がお店に入るまでが1つと店内でが1つ。お店の中では店員役もいらっしゃいますので出演する役者は合わせて3人ですがシーンのメインは2人です。
1人は私が担当する平沼さんでもう1人が成海さん。数日の間ですが『方言指導』はこのお二方の共演を追っていくことになります。
事前に手渡されていた台本を車内にて復習していたところ平沼さんが現場に到着したようです。いよいよ『方言指導』が始まります。
自己紹介も兼ねまして平沼さんには私の実力を包み隠さず披瀝することにしました。というのも初めての『方言指導』は幾分不安だったからであります。自分には方言指導の経験がないということ、大阪出身ではありますが2005年からは千葉に移住したためそこからは関西弁のアップデートがされておらずバージョンがやや古めだということを正直に打ち明けました。
平沼さんは関西弁に対して真摯でした。そして私を信じてくれました。上に述べたことは方言指導に自信がない私のエクスキューズが含まれている、私はもっと自信を持ってもいいのです、そう思わせるには十分なほど平沼さんは私を信頼してくれたのであります。みっちり細かく丁寧に関西弁の方言指導を行っていきます。
撮影の序盤はやはり関係性が上記のようには成り立っておりませんでしたので上手くいかない箇所も散見されましたが終わりにかけては良い状態を築き上げることができたのではないかと思っております。
さて、関西弁についてですが、私は今まで関西出身ではない方が関西弁を話すのはほぼ不可能だと思っておりました。映画やテレビドラマ、漫画についても関西弁は多くが誇張されて使われています。意図的ならまだしもおそらくそうではないものが大半でしょう。確かに一朝一夕で身につくものではないですが、完璧とはいかないまでもあるポイントさえ押さえればそこそこの『関西人』になれるのではないか。今回の経験を通して私はそう思うようになりました。
先にも述べましたが狙ってるなり意識的ならまだしも無意識に誇張された関西弁が創作物で目につきます。
私が思うに創作中の『関西人』が無理に関西弁だけを使う必要はないと思うのです。ときに関西弁を使い、ときに標準語も使う。そうすれば、はい簡単『関西人』の一丁上がりです。
まずいのはチャンポンした(?)『似非関西弁』を使うことです。これは実際に存在する関西人が使うことはまずあり得ない、と私は思います。なので使ったら瞬時に関西人にそれがバレます。バレるならまだしも萎えることもしばしばです。
要は関西弁は使うなら使う、使わないなら使わないとキッチリした使い分けが大事なのです。ワンセンテンスに混ぜ込まなければ大丈夫!
とは書いてみたもののはてさて的を射ているのか…。門外漢の戯言に過ぎないのではないか…。
いずれにせよこの『似非関西弁』さえ外せばもうあなたは『関西人』!
えっ?それができたら苦労しないって?
まあまあそう仰らずに。
品詞のアクセントを一つ一つ丁寧に押さえていけばそれは容易に防げるはず。千里の道も一歩からです。
さて実際に指導に当たるわけですが果たしてどのように行えばよいのか。
関西弁に限らず指導自体の経験に乏しい私はそこにまず戸惑いました。(上で述べた関西弁についてのうんたらかんたらは全てを終えてからの感想でありますので順序が相前後しますがそこはどうかお許しいただきたい。)
まずは役者さんに該当箇所を読んでいただき徐々に徐々に細かいところを修正していきます。間違っているであろう部分を私が読み直し、あとから倣って読んでいただくことにしました。
初めから一発でできるところもあれば何度読んでもなかなかできないところがでてくる。
この差は関西出身の私からすればわからないところですが、そして一般的に標準語を使う方全てに当てはまるのかもわかりませんが、どうやら難所が存在するようで指導する側としてはやり甲斐があって興味深いです。
関西弁や方言についてはマイノリティの視点等を交えてまだまだ語りたいところではありますが(もちろんこの撮影についてもですが)今回はこんなところで筆を擱くことに致します。
そして次回のテーマはズバリこちら!
『地方のフタ〜躍動する関西弁、方言としての地図、その変遷〜』です。
どうぞご期待ください。

甲田守の『根こそぎ掘りデー』とは…?

休日の行動スタイルが基本的に「座っている」で有名なネコソギこと甲田守がホリデーに誰かを誘っては「座っている」からの脱却を図るという、知的かつ高尚な難解プログラミング企画………ではなく単純に誰かを誘って遊びに出かけるという、ただそれだけの企画である。隔週月曜更新を予定。

 

甲田守の『根こそぎ掘りデー』第9回 姜ちゃんとそのパートナー。

「こ〜だくぅ〜ん、いまなにしてんのぉ〜〜」
高校から何一つ変わっていない彼女の喋り方に僕は驚きを隠せませんでした。
姜ちゃんはみんなからはよく『天然』と呼ばれていました。
おっとりとしていてのんびり屋、間延びしたその口調はふわふわふわふわゆ〜らゆら、まるで空を飛んでいるかのようです。
「あのなぁ〜、うちのダンナがなぁ〜、なんか〜関西弁しゃべれる人さがしとってぇ〜、こ〜だくん演劇やってんねんやんなぁ〜、なんかやってくれへんかなぁ〜とおもってぇ〜連絡してみてんけど〜」
「ええよ」
「ええ〜ほんまに〜ありがと〜、こ〜だくんほんまひさしぶりやなぁ〜こ〜だくんいまなにやってんの〜〜??」
「演劇」
「ああそうなんやぁ〜演劇やってんねやぁ〜うちのだんなもなんかそういうかんけいやからこ〜だくんに連絡してんけどああそうなんやぁ〜演劇やってんねやぁ〜、ええ〜こ〜だくんいまどこにおんの〜」
「東京」
「ああそうなんやぁ〜とうきょうなんやぁ〜うちのだんなまだ帰ってきてへんねんごめんなぁ〜ほんまこ〜だくんひさしぶりやなぁ〜ええ〜こ〜だくんいまなにやってんの〜」
「演劇」
「ああそうなんやぁ〜えんげきやってんねや〜ほんまひさしぶりやなぁ〜あのなぁ〜…………」
おっとり美人の姜ちゃんは今は空港で働いているそうだ。地に足はしっかりとついている…。
姜ちゃんのパートナーは映画の専門学校へ通っていたとの情報は風の便りで聞いている。
ドラマの撮影にあたって関西弁の方言指導をできるものはいないか?
そこに白羽の矢が立ったのが私?で果たしていいのか…。
打ち合わせは『そして怒濤の伏線回収』の休演日である9月19日に行われました。わたくしの家で。
午前11時、脚本を携えて姜ちゃんのパートナーがわが家に到着です。
「今回は急な依頼にもかかわらず引き受けて下さりどうもありがとうございます。では早速ですが台本を読みましょうか。」
前日にデータを送って頂いておりましたので該当箇所はしっかりと予習済みです。
読みと同時に音声も録りました。
「さすが!やっぱりいいですね!」
褒められる。嬉しい。
ので調子にのる。
「ここは『いい』より『ええ』のほうがええですな。」
初対面なのにいきなり脚本へのダメ出し、そしてそれが受け入れられる柔軟さ。打ち合わせ後はご飯までご馳走になる好待遇です。
現場では私は一体どのような立場に置かれるのでしょうか。行ってみなければわかりませんね。とりあえず自宅で練習しておこう。
「それちゃうちゃうちゃうん?」
「ちゃうちゃう、ちゃうちゃうちゃうって。」
「いやちゃうちゃうちゃうゆわれてもちゃうちゃうやろ?」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう、ちゃうちゃうちゃうってゆうてるやん。」

うん、オレめちゃめちゃイケてるやん!
ほな気張って行こかと。

甲田守の『根こそぎ掘りデー』とは…?

休日の行動スタイルが基本的に「座っている」で有名なネコソギこと甲田守がホリデーに誰かを誘っては「座っている」からの脱却を図るという、知的かつ高尚な難解プログラミング企画………ではなく単純に誰かを誘って遊びに出かけるという、ただそれだけの企画である。隔週月曜更新を予定。