『卒業式、実行』自分で書いたみた答辞

前回公演『卒業式、実行』で甲田先輩を演じることになった私は、実際に自分だったらどういう答辞を書くのか、一度は書くべき、ということで脚本とは全く別に自らの手で答辞を書いてみることとなりました。

その答辞をこちらのブログに載せたのですが…、

コチラです。

なぜかもう一つ書いていたようで…、途中までですが発見したので載せてみます。

本当にあっという間の3年間でした。このようなことを光陰矢のごとしと言うのでしょうか?卒業までにこんな表現も覚えてしまったようです。国府台高校に入学した頃のあの初々しい姿が今にも目に浮かびます。決して戻ることができないかけがえのない私たちのあのときあの時間。
右も左もわからなかった私たちは不安と希望を胸に抱いてこの国府台高校に入学しました。

「友だちできるかなあ?」

「クラブ入ろうかなあ?」

「勉強ついていけるかなあ?」

「恋人欲しいなあ。」

戸惑いと躊躇いで私たちは頭をいっぱいにしていたことだと思われます。

そんなふわふわもわもわしたことで頭をいっぱいにした私たちですが、ふと気づけば高校生活にどっぷりと浸かり一日一日を無我夢中で過ごしていました。

「友だちできたよ!」

「サッカー部入ったよ!」

「勉強は…やっぱりついていけないや」

「恋人には…ふられちゃった(シクシク)」

ああ、懐かしきわが青春。

ああ、恥ずかしきわが青春。

戻りたくてももう二度とは戻れない若葉の頃。

そうもう二度と戻ることはできないのです。

二度言いましょう。

もう二度と戻ることはできないのです。

あれっ?何この過去形。

私たちの青春ってもう終わっちゃったのかなあ?

ばかやろう!まだ始まっちゃいねぇよ。

そうなんです。私たちの青春はまだ始まってもいなかったのです。じゃあこの高校生活の3年間って何だったんだろうねぇ。さぁ、何だったんだろう…。

国府台さーん!今までありがとう!

そしてこの感謝は諸先輩方にも申さなければなりません。

上に述べた入りたてほやほやの私たちに道筋をつけてくれたのでありますから。いやそれは真っ赤な嘘でした。だってこの国府台高校では道筋なんてなかったんですから。真っ暗な闇の中を手探りでもがきながら私たちは進むしかなかったのです。手がかりは「自由」というその言葉だけでした。それだけがそこにあるのです。いや、「自主」とか「自律」とかも混ぜときましょう。カッコつけたところで実はよくわかんないんだから。あと「自律」って言ったけどこれ「自」分で「立」つって言う字じゃないからね。「自」分で「律」するって書くんだからね。

まあ、そんなことはどうでもいいとして(いやよくないよ!)実はよくわかんなかった、今でも掴みきれないようなそれらの言葉と格闘しながら私たちの日々は過ぎていったのであります。

だから先輩とか先生からは、もうあんたら適当にやってねって感じで具体的なご指導ご鞭撻とか言う堅いやつはあんまなかったのよ。これは先輩が仕切るから、それは先生が決めるからっていう独断をときには望みそうになる私たち。けれどそれって楽なんだけどあんまりおもしろくないんだわ。

私が、オレが、僕がってどんどん手を挙げさせてよ!

えっ?そうしたらみんなの意見が割れてなかなか一致しないし、決まるものも決まらない。鶴の一声とか長いものに巻かれちゃおうよ。ほんとめんどくさいなぁ〜。

なるほどなるほどその通り、私たちはめんどくさいのであります。

おっ、そこにいるのは後輩たちではないか!今言ったように私たちはめんどくさい。なのでこの国府台のめんどくさい性質を伝統として後世へと繋いでいってほしい、あなたたちにはその義務がある、私たちは高校のみならず人生の先輩なのだから後輩のあなたたちはこの命に従わなければならない、なあんて言うわけはないのである。卒業したらこんな高校なんて知らねーよ!ばーかばーか!って言う人もいるかもしれないよ。決して私が思っているわけではないよ、悪しからず。

あなたたちは私たちと同じように一寸先は崖下に真っ逆さまかもしれない道を暗中模索していけばいい。その先には一筋の光明が必ず見えているのだから、などという安易な解答が出るかと言えばまあほとんどが出ないよっていう話。

かく言う私もこの学校生活で具体的に何を得たのかさっぱりわからないのだ。あっ、一つ思い出したそれは友達だ。

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